何気ない生活の中で、心に浮かんだ言葉や、本に載っていた言葉や、目にした言葉から、幸せになる考え方を身に付けて行きます!! 僕の独断的な考えですが… 僕の思考の修行ですね☆
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Posted by しあわせのぜん
 
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「お互いに」
なぜか気づくと日が経っている…
ブログの更新が思うようにできていなくってすみません…



お疲れ様です!!

何かと忙しい3月ですね。

「忙しい」という感じのように、
心が亡くならないように気をつけましょう!!




今日は、女の方とお話をする機会がありました。

年齢は70代後半です。

海外で子供たちの支援をずっとしてきて、日本に戻ってきました。

戻ってきて、それから同棲している姉が認知症が出てしまい、
どうすればいいのやらわからずに、日々介護に過ごしていたとのこと。

姉本人は、学校の教育者という立場を長年続けてこられて、
自分が認知症という認識はありません。


その方と話をしていたら、
もう涙が止まらないくらいに出てきました。
(その女性がです)


本当に一人でしょい込んで、頑張ってきたんだなぁと感じました。




もしかしたら、自分もどちらかの…
いえいえ、どっちもの立場になっているかもしれないと考えました。



我慢して我慢して、一人でしょい込んでいる自分

大丈夫、大丈夫と、
自分の「我」を推し進めて、本当の状況が見えなくなっている自分



人から親切な手を出されたときに、

自分が我慢すればいいだけだからと考えて、親切な手を借りないことや、
大丈夫大丈夫って考えて、親切な手を借りないことは、

すばらしいことでもなんでもなく、
単なる傲慢なのかもしれません。


疲れていてできもしないのに、意地だけ張って、
「私にはできるから、親切な手なんていらないのよ」
っていう傲慢になってしまいます。


「ありがとう」
「感謝します」

の心だと、親切な手がいただけたことに感謝して、
手をつなぐという選択をするんじゃないでしょうか?



人から何かを言われたときに、
「あら、そういう部分、自分は気づかなかったけど、あるかもしれないね」
って相手の心・言葉を一度自分に受け入れてみる。


そこから、幸せの道がまた続くのではないでしょうか。



介護をする方はとても大変ですが、
それはお互いになのかも知れませんね。


する方もされる方も、本当はどっちもどっちで、
お互いに「我」が抜けてくると楽しいかもしれません。

ただ、どちらも「無理」はいけませんよね(^-^)



今日は話をしていて、とっても気づくことがありました。



今日も気づきをありがとうございます
生かしていただき、ありがとうございます
あなたに感謝してます


ポチッと押すと、僕に勇気が湧き出てきます。

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Posted by しあわせのぜん
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